箱根旅行(3日目:とろろ昆布と彫刻の森美術館)
ツナマヨさん(※)との箱根旅行3日目、今回こそはチェックアウト時間を厳守するのだ、という気概で朝はまあまあ頑張った。
※ツナマヨさん
わたしの好きなひと。たぶん、もうすぐ恋人。
犬2匹と猫1匹、亀1匹、そして元彼1人と暮らしている。
まあまあ頑張った結果、チェックアウト時刻を3分ほど過ぎた時間にチェックアウトすることができた。
「すごい! 初めて時間通りに出れた!」
「いや、過ぎてたからね」
「でもフロントで何も言われへんかった!」
「いや、部屋に電話かかってきてたからね」
せっかく初めてお咎めなしでチェックアウトできたにも関わらず、ツナマヨさんは乗ってくれない。
それにしても、ツナマヨさんの朝の支度は工程がとても多いのに、なぜかわたしより早く終わる。洗顔、歯磨き、洗髪、ドライヤー、着替え、化粧、荷物整理。合わせて7工程。対して、わたしは、洗顔、歯磨き、着替え、化粧と、少しの荷物整理(前日夜にある程度済ませている)の5工程。朝シャンまでしているのになぜそんなに早く終わるのか、と尋ねると、「いつも朝は闘ってるからね。慣れてる」と、殊勝な様子で返事をよこした。良いのか、悪いのか。とにかく、無事に追加料金を取られることもなくチェックアウトできたので良しとすることにした。
箱根湯本駅行きのバスには、ギリギリ乗ることができた。ロビーのお土産屋さんをうろついていたため時刻もギリギリ、大勢の乗客で人数もギリギリ、である。ここが始発から1つ目のバス停にも関わらず、運転手さんはわたしたちが乗り込んだのを見届けると「満員のため乗車できません」と書かれたカードを取り出し、外から見える位置に置いた。その後、バス停が見えてくるたびに、運転手さんが「申し訳ありませんが、満員のため乗車できません。次の便をお待ちください」とスピーカーでアナウンスして通り過ぎる。バス停では絶望した表情の人びとが立ち尽くしている。諦めて歩いている者もいる。お土産を買い込みパンパンになった荷物を持ってこの坂を下るのは相当に疲れるに違いない。コロナ云々言っている場合ではない。素直にバスの便数を増やせばよい。そう進言したくなる。
箱根湯本駅に到着し、観光案内所でコインロッカーの位置を聞き、わたしたちは駅の改札外にあるコインロッカーへ向かった。彫刻の森美術館へ行く準備を整え、いざ、箱根登山鉄道へ! という時に、何やら屋台を構えたおじさんがこちらへ手招きしている。どうやら、昆布を売っているようだ。聞いたことはないが、この辺りの名産なのだろうか。
おじさんはすごかった。目の前で昆布を削って見せ、「これは機械ではまだできない」と言い、わたしたちに「おおーすごい」と言わせる。「このとろろ昆布、この量で1200円だけど、ここをギュっとして、これをサービス」と、とろろ昆布の量を倍にしてみせ、またわたしたちに「おおーすごい」と言わせる。酢昆布を追加したり、たった今削ったばかりの昆布を追加したりして、もう何度かふたりで「おおーすごい」と言った後に、気づいたら購入していた。この昆布が大量に入ったパックを持ってわたしたちは彫刻の森美術館へ向かうのか。うれしいような、騙されたような、妙な気分でおじさんにシャッターを切った後、ようやく箱根登山鉄道に乗り込んだ。
酢昆布を食べながら、ドンドコ揺られて彫刻の森美術館駅へ到着した。ツナマヨさんがフリーガイドブックを見て「これ食べたい」と言っていた、いなり寿司の店へ立ち寄り、昼食をとった。ツナマヨさんはいなり寿司、わたしは海鮮丼かなにかを頼んだ。おいしかった。おいしそうに食べるツナマヨさんが、かわいかった。
彫刻の森美術館へ到着してからのわたしたちは、とてもはしゃいでいた。
まずは、屋内の展示ゾーンに入り、クイズに挑戦した。それぞれの彫刻から、「私は何でできているでしょう?」「これを作った人は何が原因で離婚したでしょう?」などのクイズを出される。答えはいつも三択。わたしたちは、ふたりで違う答えを選んでいるにも関わらず、3回連続で不正解だった。引っかけ問題を出したと思ったら、次は小さな子どもでもわかるような問題を出す。意地悪である。その後、数問正解したのでいくらか気分をよくして屋外へ出た。
そのあとは、とにかく、彫刻の真似をしてポーズを決めまくった。あるいは、教会のような場所で結婚の儀式の真似事をしたりもした。ベストショットはこれである。
雨上がりだったため、地面は濡れていた。一応、舗装はしてあるとはいえ、それでも、ここは屋外で、地面は濡れていて、わたしはそこに大の字でうつ伏せになっている。起き上がると、服に泥がついていたが、わたしは満足だった。この彫刻の真似をするやつは、(特に雨上がりにするようなやつは)そういないに違いない。それでも、わたしはやってのけたのだ。
しかし、後から見直すと「サンダルは脱ぐべきだった」「裸にはなれずとも、荷物は外すべきだった」「足の角度が少し違う」などの反省点が無数に頭に浮かぶ。悔しい。次こそ、完コピ!
途中、ピカソ館で、学芸員かアルバイトかわからないが、とにかくそこで働いているお姉さんと話をした。ピカソの原画をステンドガラスにしたという、大きな窓を見ていたときである。わたしはツナマヨさんに言った。
「これ、家にほしいな」
「ねーきれいだね」
全く現実味のないあほな会話をしていると、お姉さんが割り込んできた。
「わたしも家にほしいです。吹き抜けの一番上とかに」
いきなり割り込んできて、なかなか贅沢な希望である。
「あー、いいですねー」とツナマヨさんが答え、わたしも「じゃあ、あそこにあるタペストリーも飾ろっか」と乗っかる。お姉さんは、「相当な金持ちですねえ」と笑っていた。
わたしの頭の中に、会話の内容とは全く真逆の部屋が浮かんでくる。和室が一室、洋室が一室、少し狭いダイニングキッチン、脱衣所兼洗面所兼廊下のようなスペースの横に、小さなお風呂、トイレは別の場所にある。そこに、ツナマヨさんと、わたしが、ふたりで暮らしている。窓は透明で、サッシが少し歪んでいて雨戸が完全には閉まらない。壁に飾ってあるのは、犬の写真と、ツナマヨさんの写真と、わたしの写真。駅からは少し遠いけれど、静かで、素朴で、安心する部屋。そんな部屋に帰りたいな、と思った。
彫刻の森美術館で遊びすぎたので、帰りは予約していた「アスカ号」には乗れなかった。次のロマンスカーを待つために、川沿いを歩いた。何もない石ころの上に座って、ツナマヨさんはシャボン玉を吹いていた。斜め向こう岸に一組のカップルが座っている。少し離れたところの橋を、旅行客が数人歩いている。まだ明るい。一度だけキスをすると、「もう! 見られてる!」とツナマヨさんが怒る。「誰も見てないよ」と返した。
帰りのロマンスカーはアスカではなかった上に、コロナ云々で車内販売はありません、とアナウンスがあった。行きのカヲルはなんだったのか。
遊び疲れたわたしたちは、言葉少なめだった。ロマンスカーが目的地に到着し、下車する。
ふたりでわたしの部屋に帰った。少し休憩した後、ツナマヨさんは、犬と猫と亀と元彼と暮らしている部屋に帰った。しあわせ、だけど、しあわせじゃない。そんな気持ちだった。
かくして、ツナマヨさんとわたしの箱根旅行は終わった。